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「やっぱり黒魔法使い本人でも知らないんだ」
「何をだ」
彼は挑発に乗らないどころか、逆に女を試すような口振りだ。
「秘密。それより君、結構鈍かったりする?」
「何の話だ」
「後ろ」
女は掏摸男の言うように背後を見る。すると、そこには20にもなっていないであろう金髪の少年が、剣の鞘と柄を握り絞めて立ちすくんでいた。
「私を殺しに来たのか」
「俺は……」
思ったより幼さの抜けた声は、どこか震えを隠せないでいる。気楽な掏摸男と、緊張しきった少年の間に挟まれて、女はどうすることもできずにどちらかの言葉を待った。
先に口を開いたのは、掏摸男だった。
「そんな剣構えて、見物しに来ただけとは言わないだろ? 俺は首目当てじゃないし、この子も抵抗しないみたいだし、今がチャンス」
掏摸男は簡単に少年に絶好の機会を譲り、楽しげに笑いながら頭の後ろで手を組んだ。どうやら本当に女に手をかけるつもりはないらしい。女も、掏摸男の言うとおり抵抗するつもりはなかったので、少年の方を向いて黙った。
しかし少年は、剣の柄から手を離した。
「殺さないよ」
女は思わず目を見張る。掏摸男といいこの少年といい、一体何者なのだ。なにがしたくて、黒魔法使いと話しているのだ。
「なぜ?」
少年に尋ねる掏摸男の声は、どこまでも楽しげだ。
「だって、この子が悪いわけじゃないんだろ」
青い瞳の中に、女の顔が入り込む。
笑った少年の顔は、妙に安心しているように見えた。
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