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馬車に揺られてどれだけ経ったのだろうか。酒場から連れ出されて、頭を殴られて気を失っているうちに馬車に乗せられ、目が覚めたらもう日は暮れていた。
「起きたな」
目を開けて最初に見えたのは、酒場で旦那と呼ばれていた男だ。寒くないのか、袖のない服から伸びる腕の筋肉は隆々と盛り上がり、この腕で殴られたのかと血の気が引く。
「お前、名前は」
「……さっき、買った情報にはなかったのか?」
「あったから聞いてる」
確認のため、ということだろうか。だとしたらここで偽名を使っても意味はない。観念して本名を名乗ることにする。
「……ギノクォザー」
答えると、旦那は厳つい顔をしかめる。
「フルネームで答えろ」
「え、フルネームって……」
つまり姓も名乗れと言うことだが、ギノに姓はない。そもそも姓を持つのは一部上流階級だけで、ギノのような一般人が持っているはずもない。
「俺は姓がない。誰かと勘違いしてないか?」
「いや、でもお前はギノクォザーと名乗ったな」
「それはそうだけど……?」
『売るのはキミ一人の情報だ』
酒場で出会った女はそう言っていた。その情報はギノの名前についてなのか。ギノに、姓があるというのか。
「お前の名前はギノクォザー・ゼロア・アグメン。コンニルを治めるはずの貴族だ」
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