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それは、20年近く前の話――。
コンニル公国は、アグメンという貴族が治める国。当時は、ツアド・チルア・アグメンが、一人で政権を握っていた。
貧富の差はあれど、国家は安定していた。アグメンは、私欲のために権力を使うことはしなかった。民のことを一心に考えること。アグメン家に生まれた男児は、幼いころからそう教え込まれる。
ツアドの息子――ノスト・ヘンス・アグメンもその一人だった。
「常にコンニル国民のことを考えなさい。自身のことは二の次だ」
ツアドはノストと同じ青色の目で、やさしく微笑みながらそう言うのだ。
ノストはその言葉が嫌いだった。
「……つまらない」
ノストは私室に積まれた分厚い本を読みながら、愚痴をこぼした。
「ノスト様。いけませんよ。今日こそはこの山を片付けてもらいます」
「そうは言うが、ワント。お前はこの本を読んだことが?」
「生憎、私は教育を受けておりません故。文字は一文字たりとも読めません」
「嘘をつけ。お前も貴族の出だろうに」
使用人のワントは、いつも小言を言いながらノストをたしなめた。しかしノストはそれも聞き飽きた。
アグメンの者として生まれて早20年近く。ノストは邸宅の目の届く範囲にしか出たことがなかったのだ。
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