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「こちらこそ、申し訳ありません……」
彼女はそれだけ言って、ノストの横を通りすぎようとする。
ああ、行ってしまうのか。そう思ったときには手を伸ばしていた。手を掴んでいた。
「……何でしょう?」
「いや、その」
臆することなくノストを見詰める瞳から目をそらす。掴んだはいいが、特に意味はなかった。ただなんとなく、さっと行ってしまうのが嫌だった、というのか。
「よかったら町を案内してくれないか。ここは初めてなんだ」
「案内、ですか?」
彼女は目を丸くしてきょとんとしている。ノストと同じか、少し下の年齢くらいだろうに、妙に幼さを感じさせる態度。
「嫌だったらいい」
さすがに強引だったか、と、掴んだ手を離す。すると彼女は逆に両手を差し出して、ノストの手を包み込んだ。
「違います。私、そんなこと頼まれたことがないから嬉しくて」
「!」
「私でよければご案内します。行きましょう」
子供みたいに手を引かれて、邸宅と反対方向に進んでいく。
(そうか、外にはこんな美しい女性がいるのか)
幼い頃に母親を亡くし、顔を合わせる使用人のほとんどが男性であるノストにとって、その発見は衝撃的だった。
彼女の笑顔を向けられて赤くなった顔を、誰にも見られてなければいい。
ノストは手を引かれるまま、彼女についていった。
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