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「──それで、こちらが宝石商様の家です。向かいには織物職人様がいらっしゃいますから、お召し物はこちらで揃いますよ」
彼女は楽しそうに通りを紹介して歩く。貴族の多い町だからか、高級店ばかりが立ち並んでいる印象だった。
(それにしても彼女は……)
宝石商だの、服飾だの、皮革だの。
そういった場所に行く度に目を輝かせている。
そして目につくのは彼女の質素すぎる格好。
(貴族では……ないのか?)
だとしたらなぜこの町にいるのだろう。平民が手を出せるような商品は置いていないはずだ。勿論、住めるような家もないだろう。
「それであちらが──どうかなさいましたか?」
「あ、ああ」
考え事をしていて彼女を思わず凝視していたらしい。不思議そうな目を向けられて思考を中断して、思いきって尋ねてみることにした。
「名前を教えてもらえないか、と思って」
「私ですか。ロダと申します」
(家名がない)
敢えて名乗らなかったのではないだろう。彼女は姓を持たない、やはり平民だったようだ。
「私も、お名前を聞いてよろしいでしょうか?」
「私は──」
ノスト・ヘンス・アグメンの名を出せば、ロダはどのような反応をするだろう。
アグメンの者と知れば、もう会えないかもしれない。
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