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それに、ロダがもし誰かにアグメンの息子に会ったと話せば、それが屋敷中に広まって大目玉を食らうはめになる。ノストがアグメンの名を出す利点はない。
「──ノスト・ソレア」
使用人の姓名を借りて、適当に名乗る。名前だけは本名を使ったのは、ロダにつく嘘は少なくしたい、という訳のわからない意地だ。
「それでは、ソレア様とお呼びしても?」
「……いや、ノストと呼んでくれ」
偽名を呼ばれても返事ができない。ノストという名だけなら、コンニル公国に多いはずなので、聞かれても大丈夫だろう。
「わかりました、それではノスト様。お時間はまだ大丈夫ですか?」
「時間? あ……」
町の広場に出ていたらしい。中央の時計台を見ると、食事の時間まであと一時間もない。ここから邸宅まで何分かかったか忘れたが、余裕をもって帰った方がいい。
ロダとの時間は、これで終わりか。
そう思ったとき、何かに刺されたような痛みが胸に走る。ノストはその痛みの正体を知らないまま、何故か、次の言葉を口走っていた。
「すまないが、元の場所まで連れていってもらえないか? 一人では迷ってしまいそうだ」
道など、一回通れば覚えられるのに。
ロダについたその嘘の罪悪感は、彼女の笑顔で消え去ってしまった。
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