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噴水の前にたたずむ女は、武器を構えた男たちに囲まれているにも関わらず、濁った緑色の瞳で静かに彼らを見つめていた。まるで動じていない。むしろ何がおかしいのだと言うかのような堂々とした態度に、男たちの方がひるんでしまって、ある一定の距離を保ったまま彼女に近づけないでいる。
ギノはその光景に、なぜか冷静さを取り戻した。ギノよりも明らかに体格のよい男たちですら動けないのに、だ。いつもなら考えなしに飛び込んでいくところだが、どうしてか賢しくもない頭が策を練り始める。
正面から近づいてもギノに勝ち目はない。人の波をかき分けて、女に見つからないように、彼女の背後に回ろうと考える。剣の鞘と柄に手をかけて、乱れる息を整えながら回り込む。
その途中、噴水を挟んで向かいにいる灰色の髪の男が、ギノと同じように女の背後に向かう向きに動いているのが見えた。彼は妙に腰を落として進んでいる。しかも武器を持っているようには見えない。あわよくば共闘できないだろうかと思ったものの、期待できそうにないと諦めた。
女の真横に来たところで、いったん足を止めて様子を窺う。女の髪は短く、無造作に切られている。黒魔法使いの髪色は黒だと教わったが、例外があるのか、染めているのか。
服装は至って普通。白い布のシャツにくすんだ青色のベスト、下は膝上の黒いズボン。白く細い足の先には、これまた一般的な動きやすいブーツ。
そのまま視線をあげて、彼女の横顔を覗いたとき――。
「……馬鹿な話だ」
唸るような声が、淡い赤色の唇から漏れた。その顔に宿る感情は、怒りか、悲しみか、憂いか。
ギノの頭の中で、何かがはじけたのを感じた。
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