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「もう来ねぇから。じゃあな」
文字通りの捨て台詞を残して、斉藤くんが部屋を出ていく。
「斉藤く……」
「もう、学校で話もしねぇから」
パタン。ドアが閉まった。あたしは立ち上がって、中途半端に半歩追って、ようやく状況が飲み込めてきて唇を両手で覆った。
斉藤くんに、嫌われた。猫を利用して告白する、浅ましい女だと思われた。
「うっ……く」
急に涙が溢れてきて、あとからあとから頬を伝った。
でもやっぱり壁が薄いから、号泣しながらも声が漏れないように唇を掌で押し潰す。
「そんな……っう、うぇえ」
「みのり。気にするなよ。あんな勘違い野郎、相手にするな」
「……え?」
今のは、誰の声? 大人の男性みたいな、落ち着いたバリトンだった。
思わずキョロキョロと視線を巡らせてると、不意に、制服の素足に違和感を感じた。
ざりざりっ。きめの細かい、紙やすりでも当てたような。そこを見ると、おはぎがあたしの脚を舐めていた。
えっ? 舐めた事なんてない、おはぎが?
あたしはビックリし過ぎて、涙が止まってしまった。
「おはぎぃ……」
しゃがんで抱き締めると、おはぎは嫌がる事もなく、あたしの腕の中で泣き濡れたほっぺたを舐めてくれた。
ざーり、ざーり。やっぱり、くすぐったくて変な感じ。
でもその感触が心地良くて、あたしはだんだん笑顔になった。
おはぎが喋る訳なんてないのにね。変なの。そう思って、くすっと笑った。
リビングから、お母さんが「ご飯よ」と呼んでる声がする。
「おはぎ。ありがと。ご飯だって」
あたしはスッカリ元気になって立ち上がった。
おはぎは先に部屋のドアに向かうけど、あたしが開けるのを待ってる。ふと振り返った玉虫色の瞳と目が合った。
「俺にしとけよ。な。みのり」
確かに唇が動いて、そう言った。恋に落ちる、音がした。
END
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