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共有スペースであるリビングで眠気覚ましの珈琲を飲んでいると、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。
チラリと壁掛け時計に目を向けると、時刻は深夜を少し過ぎたころ、帰宅してきたのは朝日向光輝の同居人である。
「…ただいま」
「お帰りなさい。…お疲れのようですね」
原因を知りながらも、朝日向がしれっと言葉を返すと同居人――深影朔夜の恨みがまし気な視線が向けられた。
「誰のせいだ誰の」
「私ですか」
「お前以外に誰がいる」
「無事に帰って来られたのですから、いいじゃないですか」
淡々と言ってのける朝日向を見て、深影が苦々し気な表情をする。
「…つーか、おまえ、なんでいつも俺より先に帰宅してるわけ」
「あなたより早く現場から離脱しているからです」
「職務放棄?」
「違います。怪盗を捕まえるのは、私の仕事ではありません。それは、警察の仕事です。私は、ただ知恵を貸すだけ」
用が済めばさっさと帰らせてもらいます、と呟いた朝日向に、まぁ若造に現場の指揮取られてたら面白くないだろうしな、と深影が鼻で笑う。
実際その通りなので、朝日向は一旦黙って珈琲を口にする。
「…私が警察官だったら、貴方はとっくに逮捕されてますよ」
「バカ言え。おまえなんかに捕まるかよ」
心底嫌そうに深影が顔を歪めた。
珈琲でもいりますか、と朝日向が問いかけると、もう寝るからいい、と断られ、深影はさっさと自分の部屋に引っ込んでしまった。
彼の姿を見送ってから、朝日向は一人深くため息を吐いた。
「やれやれ…やはり、逮捕にまでは至りませんでしたか」
予想通りの展開ではあるが、彼の帰宅がこんな時間になったということは、今夜は追っ手を撒くのに苦労したのだろう。
同居人――深影朔夜の裏の顔は“怪盗”である。
そして、朝日向光輝の職業は“探偵”である。
もちろん、お互いの正体は知っているし、仕事の現場で出会えば敵同士、手加減などせず、全力で相手をする。
敵対関係にあたる二人が、何故一つ屋根の下でともに暮らしているのかといえば、運命の悪戯か、不思議なめぐりあわせとしか言いようがない。
元々、深影が先にここに一人で住んでいて、そこへ朝日向が後から引っ越してきたのだ。
怪盗と探偵のルームシェアという、なんとも奇妙な同居にあたり、二人の間でルールが取り決められた。
一つ、お互いの部屋には入らないこと。
二つ、ここで「仕事」はしないこと。
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