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「……怪我をしてますね?」
疑問形で聞いてはいるが確信している口調に、深影は内心で舌打ちする。
やはり探偵である朝日向の観察眼は侮れない。
「おまえには関係ない」
これは自分の仕事の失敗だ。
干渉するなとばかりに、部屋に戻ろうとした深影を朝日向は鋭い口調で呼び止める。
手当くらいしなさい、と珍しく感情をにじませた朝日向の剣幕に、深影は思わず怯んだ。
「同居人が怪我をして帰ってきたら、心配ぐらいしますよ」
「探偵サマが、敵である怪盗の手当なんてしていいのか」
茶化すように言ってやると、真面目な声音が返ってくる。
「私は、怪盗の手当てをしているのではなく、同居人の手当てをしているのです」
「屁理屈だな」
「ここでは仕事はしない、そういうルールでしょう」
それもそうだ、と半ば投げやりになった深影は抵抗を諦めた。
朝日向は言い出したら聞かない、意外と頑固な奴なのだ。
朝日向にここを紹介したのは、ほかならぬ自分の両親である。
二人曰く、これくらいのスリルがあったほうが毎日刺激的だろう、とのことで、不意打ちで連絡を受けた時、深影は思わずふざけんなと携帯端末をぶん投げたほどだ。
しかしながら、正直に言うと、家に自分以外の誰かがいること、出かけるとき、帰ってきたとき、声をかけてくれる存在がいること。
それが、嬉しくないかといえば、嘘になる。
そんなささやかではあるが普通の家庭では当たり前の出来事が嬉しい、と思っている時点で、どうしようもないと深影は自分自身に呆れている。
毎朝、無意識に二人分の朝食を用意している自分に気が付いて、なにをしているんだ自分はバカだなと呆れている。
自分の首を絞める結果になろうとも、朝日向の同居を許している自分自身の甘さに呆れている。
それでもやはり、こんな同居生活も悪くない、と思ってしまうのであった。
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