シチューごはん

1/8
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

シチューごはん

 現在、米ドル/円 106.59。  リビングのテレビは、七十インチの大画面。神楽坂さんは、俺を招き入れてから、すぐさま革張りのソファーに腰かけて、猫背で見入っている。  買い物袋を流し台に置く。玉ねぎと人参、じゃが芋、鶏もも肉、と食材を並べる。自分の台所と比べるとだいぶ広い。俺の家で同じことをやると、まな板が置けないぞ。  ピーラーで皮を剥き、とんとんと具材を切っているところに、神楽坂さんがやって来た。彼女の気配は、電子タバコの葡萄の香りだ。 「ニュースはいいんですか?」 「聞いているだけでも、ある程度は分かるわ」  為替ニュースは、画面の変化が乏しい。変わっていると言えば、キャスターの表情と、それこそ為替チャートだけではないか、と思ってしまう。内容が理解できない人間には、至極退屈だろう。 「あの、それで、ずっと手元を見ないでくださいよ」  切れ長の目から、鋭い眼差しが手の甲にちくちくと。どうもきまり悪い。俺は、まだ彼女に見つめられることに慣れていない。 「いーじゃん、臼井くんの、料理する手つき好きなんだからっ」 「神楽坂さんも、手伝ってみます?」  と言うと、彼女の瞳が、もの凄い勢いで泳いだ。でも正直、卵すらろくに割れないというのは、ひとりの大人としてどうなのかと思うわけである。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!