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「椿くん?」
「ん?」
私の前の席に座る幼馴染の椿くんをじっと見つめていれば、突然、頭をぽんぽんと叩かれ、そのまま首筋をするりと撫でられた。いったい、なにごとか。
「どうしたの?」
「いや、それは僕の台詞です。さっきから僕のことじろじろ見てなんですか?」
私が問えば、椿くんはするりと自分のかける黒縁眼鏡を右手の中指で触った。その行動に、あ、照れてる。っと思ったのは私だけで、彼は多分自分のそれに気がついていない。
ーー彼には癖がある。
意味もなく黒縁眼鏡に触れるのは、照れている時。
人差し指を机の上でとんとんするのは、不機嫌な時。
耳朶を触るのは、なにかを誤魔化そうとしている時。
足を何度も組み替えるのは、そわそわしている時。
ーー私はこうして幼馴染の彼を観察するのが好きだ。
「椿くんの癖を、観察中です」
「変態……?」
「ちなみにいまは、眼鏡を無意識に上げたので、私に見られて照れていますね」
そう告げれば、椿くんはじっと私を見て唇の両端を上げる。この表情をするのは何か良いことを思いついた時。
「じゃ、あやめの知らない僕の癖、教えてあげるよ」
「え?」
そう言うと彼の指先はぽんぽんと私の頭を撫で、そのままするりと降りてきて、首筋を彷徨う。つい先ほどもされたその行為。
そういえば、初めてではない。椿くんはたまにこうして私に触れる。
机を挟んではいるものの、首筋を彷徨う椿くんの掌に引かれ彼との距離が近くなった。数十センチ先に椿くんの顔。
ゆるりと椿くんは唇を開く、
「あやめ、覚えておいて。これをやる時はいつだって、あやめを引き寄せて抱き締めたい時」
「……え」
「僕、そろそろ幼馴染、卒業したいんだけど?」
どきりと、胸が鳴った。この日、幼馴染の椿くんは、私の中で、男の子に変わった。
【彼の癖】おわり
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