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 今度は十回壁を傷つけても、カラスは帰って来なかった。  ニ十回を過ぎても帰って来なかった。  三十回を書いたところで外が騒がしくなった。  供物がどうとか儀式がどうとかきなくさい話。  あまり自分にとっていいことではない事だけはわかってしまう。  三十一を刻みながら、少女は恐怖に震えた。  夜はカラスのくれた布に包まって心を癒した。  四十一回壁を傷つけたころ、外は更に騒がしくなり、明日の夜中儀式だとか不吉すぎる言葉が聞こえてしまった。   四十二回を刻み付けた夜、やっとカラスが帰って来た。  バカバカ遅い遅いと恐怖で泣く少女に、カラスはくちばしにくわえた綺麗な黒いガラス球を二つ、ちいさな白い手に落とした。  ガラス球はカラスの色そのものだった。黒くて、優しくて、思いが籠っている。  ほのかに温かいそれを手で大事に握っていると、カラスの言わんとすることが胸の表面から染みて、心臓へ、心へと伝わって来る。  カラスは通じない言葉よりも、行動で思いを紡ごうとしたのだと、少女はやっと理解した。  カラスの布──それはガラス玉と同じ黒だった──を身体に巻き付ける。  もらった部品を口に差し込む。  最後にガラス玉を二つ、目に突き刺した。  目が痛む。目を閉じる。  真っ黒な衣装に身を包んだ少女の上を、カラスが旋回する。  旋回するカラスから、一枚の大きな羽がひらひらと舞い降りて、少女の身体に触れた。  夕日の色はもう空からほとんど消え失せている。けれども夜の星はまだいない。  高い塔の部屋の一角で、一足早く星の光が降りた。  目を開いた時、少女は自分の視界がずいぶん低くなっていることに気づいた。  手の先も黒く、目の前の床に立ったカラスと目線がかち合う。    ──行こう。    いつもの鳴き声の代わりに言葉が聞こえて、少女はうん、と返事をする。  それはここにいない第三者が聞いていたとしたら、人の言葉には聞こえなかったけれども。  二つの小さな影は確かに通じ合い、飛び上がり、鉄格子の隙間から飛び出し、星がきらめき始めた夜空の中へ、静かに溶けていく。
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