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目を細めた男が、何故か泣きそうに見えた。
「お前は、本当に──潔いね」
吐息に乗った言葉が、唇を撫でる。
少し伸びあがって、額に。それから瞼の上、鼻の先、頬へと──羽が触れるようなキスが降る。くすぐったさに唇を歪めれば、宥めるように舌で撫でられた。
柔らかな唇が触れ、小鳥が啄むように、優しいキスをする。
欲しいものは、こんなものじゃない。
顔を背ければ、容易に男の唇から逃れられる。肩に手をかけて押しやれば、力を入れなくても体は離れた。
「悪かった」
薄く刷いた笑みには、微かに苦いものが混じっている。
「本当にな」
苛立ちを込めて吐き捨ててやれば、男の虹彩が僅かに赤銅色を帯びた。立ち上がろうとするのは、視線を逸らす言い訳が欲しいからか。
──逃がすと、思うのか。
胸ぐらを掴み、力を込めて引き寄せる。目を見開く男の唇に、噛みつくようにキスをした。
「足りねぇんだよ」
吐息のかかる距離で睨み、低い声で威嚇する。
何を躊躇う、何を懼れる──欲しいのならば、奪えばいい。とり澄ました顔をしているが、お前は、そんなにお行儀の良い人間じゃないはずだ。
素肌を弄るような視線に、気付かないとでも思ったのか。
項や頭皮を掠める指に思わず歪む顔を、楽しげに眺める。その飴色の虹彩が孕む熱は、紛れもない情欲で。
気付いていないとでも思ったのか。舐められたものだと、唇を歪める。
「性根を入れて、かかって来い。本当に嫌なときは、殴ってでも止めてやる」
「お前は──」
呆れたように呟いて、男は乾いた声を上げて笑った。
「ああ、いや……お前は、そういうやつだったよ。どうやら俺は、とんでもないのに惚れちまったらしい」
いまさら、気付いたのか。
男の弧を描く唇を、舌で辿る。
「俺は──完璧より手に入れにくいものを、手に入れたんだな」
そう思いたければ、思っていればいい。
これから、たっぷりと思い知らせてやろう。
捕まったのは──どっちか。
〈了〉
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