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俺の知らない所で社会は動いているんだなあ、と他人事のように……実際に他人事なのだが、目に映るニュース番組を黙って御薬袋は見ている。別にニュースが見たい訳ではない。テレビのスイッチをつけてみたら、たまたまニュースがやっていたので、そのまま惰性で見ているに過ぎない。
〈今日、未明、東京I区に住む主婦でパート従業員の牟田口洋子さん四十八歳が自宅で倒れているのを、学校から帰宅した牟田口さんの長男が発見。病院に通報したものの既に死亡が確認され、死因は頚動脈の殺傷と腹部への刺傷と見られており、警察は殺人事件とみて捜査を始めた模様です……〉
そぞろに見ていたテレビのニュースだが、御薬袋はこの事件の現場が自分の住んでいる東京I区だったので、多少なり耳に響いた。
意外と近くで起こった事件なんだな。物騒な話だ、まったく。
そう御薬袋が思ったと同時に、
「牟田口?」
と一言漏らした。この少し変わった名字には覚えがある、と。
「あ……」
御薬袋は呟くと、予備校で使っているバッグから、今日徒然に拾った白革の手帖を取り出し、中身を捲った。
「やっぱり」
その独言には牟田口洋子の名前が、白い手帖に記されている事に理由があった。×印の二人の氏名のすぐ下に牟田口洋子の名がある。
「この×印ってのは、つまり……」
ここで御薬袋の脳裏に安易な考えが浮かんでくる。この×印とは消された人間を意味しているのではないか? と。
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