unknown suicide

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 少女は1本の桜の木を指差した。 「覚えてる? この間の卒業式の日、貴方たちのグループは“卒業記念”なんて言って、あそこ……あの桜の木の幹にナイフで文字を刻もうとしたでしょ。それを貴方が身体をはって止めてくれた」  ──可哀相だから、やめろよ。  喉の奥から振り絞った自身の乾いた叫び声が陽一の脳内で再生される。 「貴方、あの時どうして止めようとしてくれたの?」 「どうして、って……」  少女の問いに、陽一は目をそらした。  桜の木に特別な愛着などなかったにも関わらずその幹に傷をつけるという行為にどうしても加担できなかったのは、3年間陽一たちを見守ってきた桜の木々が、まるで自分たちの卒業を祝うかのように厳かに咲き誇っているように思えてならなかったからだった。  陽一が仲間の行動を制止しようとしたのは、その時が最初で最後だった。 「……そんなことしたって、不毛だろ。木に八つ当たりなんかしたって、何にもならない」 「……」  陽一の言葉に少女は一瞬だけ逡巡するような表情を見せたのち、たおやかに微笑んだ。 「でもそのあと貴方たち、通学路の坂の途中にある独り暮らしのおばあさんのおうちの板壁にナイフで傷をつけて、落書きしたでしょう。それでまた警察に補導されて。……あんなことをするくらいなら、あの時、代わりに私の身体を傷つけさせてあげればよかった」  少女の言葉に、陽一ははっとして顔を上げた。 「なに言って……」
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