unknown flower

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「──おじいちゃん」  手を引いていた小学1年生の孫娘:咲良(さら)の呼びかけに、陽一ははっとして身体を揺らした。 「あそこに花壇があるから見に行こうよ」  ぼんやりと頷く陽一の手を離すと、咲良は花壇に向かって元気よく駆け出した。空色のワンピースを着て無邪気に駆ける孫娘の後ろ姿を、陽一は目を細めながら見つめた。  母校である中学校に孫娘を連れて訪れていた陽一は、自身がここの生徒であった時のことに思いを馳せていた。  桜が咲かなくなってから半世紀以上が経つ。かつて桜が咲いていた校庭の一角には花壇が設置され、鈍色の曇天の下、整然と植えられたおなじみの春の花々たちが鮮やかな赤や黄色、紫などの色彩を強かに主張していた。  ──こんな曇り空の日でも、桜はそのほの白さとかすかな紅色を湛えて、大胆に、でもたおやかに咲き誇っていた。青い空の広がる晴れの日でも。風の強い日でも。生温かい雨の降る日でも。どんな天気の日でも、あんなにも心を揺らす光景を与えてくれていたのは、桜だけだったのに──  春になれば桜が咲く。それが当たり前だった時代は遠い過去のものとなった。陽一は改めてそれを噛みしめた。
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