真冬

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私の父は普段から口数が少なく、私には優しい人だった。しかし母と顔を合わせるたび、壮絶な喧嘩をしていたので恐ろしかった。    父は私に手をあげる事はなかったし、家にいる時は何かしら食べさせてくれた。ただ出張が多く、家には殆ど帰らなかった。私には父の脳裏に知らない女の姿が何度も見えた。  母は父よりは家に帰ってくるが、酒の匂いがする時に暴力を振るってくるので、近寄らず逆らわないようにするのが厄介だった。私は母がいると緊張するのに、幼いからか何故か慕って気に入られようとしていた。母は常に知らない男の事を考えていた。 幼い私は何故、父や母から愛情が得られないのか全くわからなかった。ただ毎日、寂しく、怯え、諂い、震えているだけだった。  両親の身勝手に付き合わされ、振り回され……無知で愚かな私はずっと父や母にも期待をしていた。心の隅に私の存在を置いている二人に愛されていると信じていた。  成長は私に残酷な刃を向けた。  思考を読み取る能力も災いし、鋭い刃となって現実が私を蝕む。 私は両親にとっても、煩わしい存在だったと知る事になる。 母はやがて私を捨てた。   何度も追いかけて叫んだ。泣きながら、追いかけた。  いかないで!  いかないで!  お母さん!  お母さん!    私を捨てないで!!  父と母の愛は壊れ、その象徴である私はもういらない存在になったのだ。 絶望。    明日からどうやって生きていけばいいのだろう?   孤独。    誰も、いない。
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