隣の同居人

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隣の同居人

 大学まで徒歩一〇分。閑静な住宅街にひっそりとたたずむ学生向けアパートの一室に、稲生(いなお)は住んでいた。築三〇年を越える三階建てアパート。ごくありきたりなワンルームで、風呂トイレは一緒だが家賃が安いことが売りだった。稲生もその安さにつられた学生の一人だが、そういった事情からか住んでいる学生が少なく、一日中静かに過ごせることを、住み始めてからは気に入っていた。  ところが二ヶ月ほど前。その静かだったアパート生活に変化が訪れた。  稲生が最初にそれに気が付いたのは、大晦日(おおみそか)の晩だった。  小さい頃から日付が変わる前にはぐっすりと寝入っている稲生なのだが、大晦日だけは毎年起きて年を越していた。大学生になって、そして一人暮らしを始めて初の大晦日でもそれは変わらず、テレビを観ながら新年を迎えていた。  年が切り替わって、すぐのことだった。テレビの音にまぎれて、(かす)かな話し声が聞こえてきた。  古いアパートである。壁は薄く、今までも隣の部屋から生活音や独り言、いろいろな音が聞こえてくることはあった。しかし、それはいつも左隣の部屋からばかりで、右隣の部屋から聞こえてくることはなかった。それなのに、話し声は右隣の部屋から聞こえてくる。  稲生はテレビの音量を下げて耳を澄ませた。それでも話し声は鮮明にはならず、やはり微かに聞こえてくるばかりだった。  どうやら、右隣の部屋では男女が会話をしているらしかった。聞こえてくる声は二人のもので、喧嘩や言い争いをしているわけではなく、談笑をしているようだった。会話よりも、時々漏れる笑い声の方が鮮明に聞こえた。  そしてそれ以来、稲生が日付をまたぐ時間まで起きていると、いつも微かな話し声が聞こえてくるのだった。話している内容は分からない。けれどいつも同じ二人の声で、時々笑い声が混じる。  稲生は右隣の部屋はただの空室だと思って来たが、どうやらそれは違うらしい。  男女が同居生活を送っている。  しかし、場所は学生向けのアパートで、部屋のつくりはワンルームである。どう考えても男女が同居するには手狭だろう。  こんな場所になぜ二人で住もうと思ったのか。そしてなぜ真夜中にだけ話し声が聞こえてくるのか。稲生には右隣の部屋の二人の同居生活は、どうにも奇妙なものとしか思えなかった。
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