隣の同居人

2/6
前へ
/6ページ
次へ
 大学生の春休みは長い。二月の頭には後期の授業がすべて終了し、約一月半もの休みに入るのだ。そしてその休みを怠惰に過ごしがちであるということを、稲生は夏休みの経験から知っていた。部活やサークル、バイトでもしていればその心配もいらないのだろうが、稲生はどれもやっていない。  しかし夏休みとは違い、今の稲生は長い春休みを怠惰に過ごしてはいなかった。  春休みに入ってから、稲生はほぼ毎日、大学の図書館へと通っていた。九時の開館から一〇分ほど遅れて到着し、昼食をとりに外へ出る他は、ほとんど閉館の五時まで図書館の中で過ごした。  読んでいるのは、武蔵新聞(むさししんぶん)というこの地域の地方紙である。大学図書館だけあって、約八〇年前から発行されている武蔵新聞の第一号から、縮刷版(しゅくさつばん)としてきっちり閲覧できるようになっている。普通の書架の本とは違い、新聞の縮刷版は職員に言って出して来てもらう必要はあるのだが。 「おはようございます」 「ああ、おはよう。はい、今日の分」  開館したばかりの図書館には、稲生以外の来客は見当たらない。カウンターにいる職員にあいさつをすると、女性職員もにこりと挨拶をして、稲生に武蔵新聞の縮刷版をどさりと渡してきた。毎日開館直後に現れ、一日で一年分の新聞を見ていく。そんなことを続けて一週間が過ぎた頃には、職員の方が朝から新聞を準備しておいてくれるようになっていた。 「ありがとうございます。また何かあればお手伝いするので」  その代りに稲生は新聞読みに疲れると、返却された本を書架に戻すなどの簡単な仕事の手伝いをするようになっていた。  受け取った新聞を持って、いつもの窓際の席へと座る。そして二五年前の一月一日の新聞から目を通し始めた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加