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「たみちゃん」
「何?」
「しんどいんだったらあたし手伝うよ。店の方はそこまでかっちりやらなくていいしさ」
「大丈夫。家のことするの楽しいし、疲れるのはもう少しで終わる」
「何してるの?」
たみちゃんはにやっと笑って「内緒」と言った。
「いいことだから」
すごく気になったけど、たみちゃんはきっと教えてくれないだろうと思った。なら、もうひとつの謎を説く。あたしひとりで。
(知っていたってことは)
多分、文字だ。あたしは自分の部屋へ行くと机の中を引っ掻き回して数冊のノートを取り出した。日記、レシピ(母さんは料理を作らないし、じいちゃんのは味付けが濃すぎる)SNSの下書き。
「あ」
それはあっさり見つかった。古い日記。そこに書いてあったのはジューシーなメンチカツ、お揚げしみしみのきつねうどん、ふんわりとろんとろんのオムライス……そうだ。あたしが母さんに作って欲しいもののリストだ。もうとっくに諦めて忘れていたものをどうしてたみちゃんが。
「たみちゃん!」
返事がない。
「たみちゃん!」
返事がない。
「ねえ、たみちゃん!?」
嘘でしょ。たみちゃん。どうして? これじゃ、母さんと一緒じゃない。喉と鼻先が熱い。母さんがいなくなってもなにも思わないのに、たみちゃんがいなくなったらこれだ。なんてことだろう。あたしが誰かとの別れで泣くなんて。
「菜摘!」
顔を上げると、母さんがいた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「母さん」
「ごめんねええ」
母さんはあたしに抱きつくとおいおい泣いた。
「母さんこんどこそ心を入れ替え――」
母さんの言葉が耳に入らない。たみちゃん。木常、きつね。たみちゃん。田道。たみつきつね。田道稲荷。うちの近所のお稲荷さん。
「菜摘!」
母さんを突き飛ばして走り出した。たみちゃん、じいちゃんの友達。あたしの古い日記。帰って来た母さん。いいこと。
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