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きっかけは、とても些細なことだったように思う。それまで結婚を前提に付き合っていた恋人に逃げられ、しかも元恋人のSNSのアカウントをたまたま見つけてしまった僕は、その投稿内容を見て、あっけないほど簡単に心を病んでしまった。そもそも元恋人はSNSなどやっていないと言っていたにも関わらず、僕と付き合うずっと前からアカウントを作っていたことにもショックを受けたし、僕と別れる直前にちゃっかりと次の恋人を見つけて、僕と別れてすぐに、舌の根も乾かぬうちに新しい男と愛を囁き合っているさまが、包み隠さずアップされていた。それ以上見なければいいだけの話なのに、どんどんマウスホイールを下に回して過去を遡る僕の胸の奥には、言い知れぬ孤独感と、湧き上がる激しい憎悪が渦巻いていた。貯金箱の中身まで抜かれていたのにはさすがに笑うしかなかったけれど、こんなことが本当に現実世界で起きていて、しかも自分の身に降りかかることになろうとは、想像もできなかったことである。
問題はそこからで、二人で生活費を折半していた頃はどうということもなかったアパートの家賃、水道光熱費など、これらをすべて自分だけで賄わなければならなくなった僕は、即座に経済的に困窮するに至った。もともとあまり給料の高くない会社に甘んじて勤めていたから、自分で貯めていた貯金などとっくの昔に使い果たしてしまったし、固定費を支払ってしまうと、手元には食べていけるかも疑問になる金額しか残らなかった。仕方なく、僕は仕事を増やし、いわゆるダブルワークに手を出した。おかげでほんの僅かだけ手元に残る金額は増えたけれど、雀でも、もう少しくらいは多く涙を流すんじゃないかと思う程度だ。
売ればまとまった金額になるような資産もなく、休みになれば出かける金もない。そんな中でなんとかこの世界に繋ぎとめるこの命に、何か、意味が残っているのだろうか。そう思うと、いっそ死んでしまおうかとも考えたことがある。けれど、僕がそんな闇の中から辛うじて這い出ることができたきっかけは、あるひとつの趣味に出会えたことだった。
それが、文章を書くこと。
もっと言うならば、小説を書く、ということである。
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