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彼女は、ぽつりと言葉を零した。
「少しずつだけど、あなたはもう一度、空を飛ぶ準備をしてるんだよ」
「空を飛ぶ?」
「今のあなたはただ、天気が悪かったから、出発した空港に戻ってきただけだよ」
これまで僕も彼女もさして注目していなかった、つけっ放しのテレビでは、折からの低気圧接近で暴風雪となった影響で、北海道発着の空の便が軒並み欠航や引き返しになっていることを告げていた。
「嵐はいつか、きっと去る。夜はいずれ明けて、朝になる。その時を待っているだけ。そう思えば、この時間にただクサクサしてたら、もったいないと思わない」
そう呟いた彼女は相変わらず、ホットミルクをちびりちびりと飲んでいる。猫なら皿からぺろぺろと舐め取っているだろうし、もしも彼女がそれをやればそれなりに絵になりそうな気もしたが、先に平手打ちが飛んできそうだったので、妄想だけで済ませることにした。
「こうしている時間は無駄ではないと、そういうことか」
「そうだよ。きっとみんな、雲の切れ間を縫ってあなたが飛び立てば、羨ましがるでしょうね」
「無鉄砲だと笑うやつもいるんだろうな」
「それでも、何もできずに傍観を決め込むよりは、ずっとマシだよ」
彼女は時々、こんな強気なことを平気で言ってのける。他人がどう思うか、ということよりも、自分が「こうだ」と思ったことを、彼女は自分で納得しない限り、決して曲げようとしなかった。
とはいえ、彼女をそんな人間にしたのは、他ならぬ、僕であるわけだが。
「ホットミルクって、本当によく眠れるのかな」
僕の考えていることなど知るはずもない彼女は、いま、マグカップをくるくると回しながら、その中で渦を巻いているミルクを、しげしげと眺めている。
「含まれてる成分とか神経物質とか、なんかいろいろあるんだよね。わたしはそれが本当に効いてるのかも、ちょっと疑問だけど」
「うん」
「……ってか、他人ん家のもの勝手に飲んでおいて、言うことじゃないかもね」
あはは、と軽い調子で笑う彼女を、僕は黙って見つめていた。
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