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食事に誘われた帰り道。バスを降りると、街灯の明かりの下でアキラがスマホをいじっていた。一瞬、別の誰かに見えて、どきっとする。
「あれ。なにしてんの?」
尋ねると、彼はあきれたような顔で私を見る。至極当たり前の質問のはずだけど。アキラはわざとらしくため息をついた。明かりに浮かぶ息が白い。潮風のあたる国道沿いのバス停は、冬の夜間に長居する場所ではなかった。
「コンビニ寄ったついでだよ。バイト先のLINEをチェックしてたら、たまたまバスからアナタが降りてきた。それだけ」
あごで行き先を示して、アキラは家への道を先に立って行く。
「なに怒ってんの?」
アキラが私をアナタと呼ぶときはだいたい不機嫌だ。そしてだいたいその理由は不明で、問い質しても教えてもらえない。コンビニに寄ったと言ったくせに、買った物を持っているわけでもなさそうだった。でも、ジャンパーのポケットに何か入っているのかもしれない。ガムとか。
「怒ってない。飯なに食ってきたの、セツ?」
肩越しに視線を向け、そっけない態度。まぁ普通だ。十代後半の七つ年下の男なんてこんなものだ。
「ラーメンだけど」
聞かれたことに正直に答えると、アキラにとってはずいぶん意外だったらしく、立ち止まって全力で「はぁ?」と聞き返された。
「激辛担担麺をいただきましたけど」
「なにそれ、センスなくない? デートだろ?」
ラーメンに対してセンスの有無を問うとは。意見はそれぞれだろうけどラーメン業界の反感は買うだろう。だけどそれよりも気になるワードがあった。
「なに言ってんの、アキラ。デートのわけないでしょ。仕事終わりにご飯食べにいっただけだし」
「ミズノさんがラーメン行こうって言ったの?」
「それは私」
「おごり?」
「悪いじゃんそんなの。ラーメンくらい払えるし。それでちょっと揉めて、次からのお誘いは遠慮しようと思ってる」
「気の毒。……ミズノさんが」
「そうね。私も揉めたくなかったけど、なんであんなにおごろうとするのかな? ちょっと面倒くさい人だよね」
「ひでぇ。いい人なのにかわいそう……」
しみじみとアキラが言った。
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