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なんの話かよくわからない。 「どういう意味?」 「べつに。もう一回くらい誘われてあげなよ、セツ」 「ミズノさんのこと?」 「そうだよ」  それからしばらく、私たちは無言だった。アパートまでの道のりが坂道から階段に差し掛かり、会話するにはちょっと息苦しくなるし、明かりが何か所かあっても夜は足元に注意しないと、転んだら大変な目に合う。  やがて古ぼけた小さな部屋にたどり着く。  そこは私とアキラが、五年あまり暮らしている場所だった。  アキラとの関係を聞かれれば、「弟」と答えることにしている。アキラも私のことを「姉」と言っているはずだ。 だって本当のところを話すのは気が重いし、いまだにちょっと傷つくことだから。そしてそのハードルを越えても話したい、と思わせてくれる人はそんなにいない。  もちろん、ミズノさんでも同じ。 「ミズノさん、いい人だと思うけどな、おれは」  風呂上りを待ち構えていたアキラが言った。 「それはそうだけど。いい人なら好きになるってわけでもないでしょ」  私はパジャマとカーディガン姿で洗面台の前で椅子に座り、髪をタオルで拭かれながら答える。  わかっている。たぶん弟ってものは姉の髪を乾かそうなんて、滅多に考えたりしない。 「バイトはどう?」 「話そらすなよ、セツ。いい人を好きにならなくてどうすんの?」 「好きにもいろいろ種類があるでしょ。ミズノさんのことは好きよ。でも深く知り合いたいとか、ずっといっしょにいたいとか思えないから」 「ダメだねぇ」  アキラはドライヤーのスイッチを入れて、すっかり停滞している空気を吹き飛ばすように私の髪に温風を当てた。 「言っとくけどね、セツの男の好み、最悪だから。いろんなタイプを検討してみるべきだよ」 「最悪とまではちょっと……」 「最悪だよ。自覚して」  いつもよりちょっと乱暴に髪をかき回す手が、悔しいけど気持ちいい。鏡越しにアキラを見ると、目があった。彼は軽く私をにらむ。  似てきたな、と思ってしまう。怒るだろうから、アキラには絶対に言えない。  私が好きだった人、サトシ。  五年前、私たちは二人まとめてサトシに捨てられたのだ。
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