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ヒグラシの高い鳴き声が耳に沁みついている。
ゆっくりゆっくり暮れていく夏の日に、私たちは集まっていた。
私と、アキラと、アキラの父親と母親。
いまとは違う、その小さな部屋で、みんな言葉を失くして途方に暮れていた。
形ばかりに出された四つの麦茶のグラスがぐっしょりと濡れて、コルクのコースターもろとも水たまりを作っていた。
「……いいよ、もう。おれ、施設に戻るよ」
まだ中二で、背も低くて、いかにも子供のアキラが、冷めた口ぶりで言うと、彼の両親は明らかにほっとした表情になる。
二人は離婚しているのだ。それぞれ再婚していて、これからまたアキラを家族として迎えることに難色を示していた。
「そうか……本当にいいんだな? アキラ」
そういう父親を見て、アキラはこれ以上ない白けた顔をした。
「どうせ、おれも兄貴も邪魔者なんだろ? わかってんだ。いまさらあんたらに世話になりたくないよ、おれだって」
「待って、そんな言い方……サトシは自分から家を出て行ったのよ」
母親が上目遣いに抗弁するのを見て、アキラは鼻で笑った。
「そうだね。そしてまた出て行ったよ、おれとセツを捨てて。でも、あんたらよりマシだった。おれは兄貴が頑張ってたのを知ってるよ。居場所のない家から飛び出して、働いて、おれを施設から連れ出してくれた」
そう、サトシはアキラにとってヒーローだったのだ。そして、私にとっても。
サトシは高校の先輩で。私から見ればすごく大人だった。
弟のアキラとの暮らしを支えて頑張っている彼が眩しくて、好きになって、婚約した。
これから三人、ここでささやかに生きていくのだと信じて疑わなかった。
「セツ、ごめんね。兄貴がいなくなっちゃって」
うつむいて黙ったままの私に、アキラが声をかける。
「でも、結婚する前でよかったよ。あんなやつ、忘れちゃえよ。全部チャラにして、好きにすればいいんだよ」
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