66人が本棚に入れています
本棚に追加
旅立ちに、アキラは雪の降る寒い日を選んだ。
「はい、じゃぁこれ着て」
きれいに髪を整えて、ニットにスリムパンツ。それから真紅のオーバーコート。アキラは私の服を全部自分の好きなものにさせた。
部屋を出て、階段を降り、坂を下り、いつものバス停まで歩く。
海沿いの国道にあるバス停だ。冷たい潮風に交じって、聞き慣れた嬌声が聞こえてくる。見れば灰色の波の上に白い鳥がぽつぽつと、風に紛れそうに飛んでいる。
こんな日に朝一番のバスを待っているのは私たちだけだった。
「なんでこんな日に出発するの」
雪が降ってる。紺のマフラーをしっかり巻き付けながら、ちょっと恨みがましくアキラを見ると、彼も寒そうに首をすくめながら、白い息といっしょに言った。
「覚えてたいじゃん。こんな寒い、雪の日に出発した、セツはおれが買った赤いコート着てたって。雪が降るたびにきっと思い出す。……やっぱり寒い?」
「寒いよー。当たり前でしょ」
アキラはボストンバッグを足元に置いて、私を抱きしめた。
こんなことは初めてだ。びっくりしていると、すぐそばでアキラの声がする。
「小さくなったね、セツ」
「……ばかね。アキラがでかくなったんでしょ」
「ありがとう。いっしょにいてくれて」
「そんなの。お互い様だし。私だってアキラがいなかったら、きっと立ち直れなかった」
そっと腕をほどいて、私はアキラの顔を見上げた。
「アキラがいたから、前を向いていられたよ。助けられたのは私のほう。ありがとう」
アキラはきまり悪そうに、視線を泳がせた。
「セツは……、強くてかっこよかった。ちゃんと手を抜いたり、三者面談とか、自分でできないことはおれの親に頼んだり、余裕がない時はお金をせびったりして」
「悪口でしょ、それ」
「まさか。兄貴みたいに折れてしまうより、ずっといい。ありがたかったよ、頑張らないでくれて」
「はぁ」
褒められてるのか判断しかねる。気の抜けた声を出してしまった。白い息が風に消えていく。
最初のコメントを投稿しよう!