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旅立ちに、アキラは雪の降る寒い日を選んだ。 「はい、じゃぁこれ着て」  きれいに髪を整えて、ニットにスリムパンツ。それから真紅のオーバーコート。アキラは私の服を全部自分の好きなものにさせた。  部屋を出て、階段を降り、坂を下り、いつものバス停まで歩く。  海沿いの国道にあるバス停だ。冷たい潮風に交じって、聞き慣れた嬌声が聞こえてくる。見れば灰色の波の上に白い鳥がぽつぽつと、風に紛れそうに飛んでいる。  こんな日に朝一番のバスを待っているのは私たちだけだった。 「なんでこんな日に出発するの」  雪が降ってる。紺のマフラーをしっかり巻き付けながら、ちょっと恨みがましくアキラを見ると、彼も寒そうに首をすくめながら、白い息といっしょに言った。 「覚えてたいじゃん。こんな寒い、雪の日に出発した、セツはおれが買った赤いコート着てたって。雪が降るたびにきっと思い出す。……やっぱり寒い?」 「寒いよー。当たり前でしょ」  アキラはボストンバッグを足元に置いて、私を抱きしめた。  こんなことは初めてだ。びっくりしていると、すぐそばでアキラの声がする。 「小さくなったね、セツ」 「……ばかね。アキラがでかくなったんでしょ」 「ありがとう。いっしょにいてくれて」 「そんなの。お互い様だし。私だってアキラがいなかったら、きっと立ち直れなかった」  そっと腕をほどいて、私はアキラの顔を見上げた。 「アキラがいたから、前を向いていられたよ。助けられたのは私のほう。ありがとう」  アキラはきまり悪そうに、視線を泳がせた。 「セツは……、強くてかっこよかった。ちゃんと手を抜いたり、三者面談とか、自分でできないことはおれの親に頼んだり、余裕がない時はお金をせびったりして」 「悪口でしょ、それ」 「まさか。兄貴みたいに折れてしまうより、ずっといい。ありがたかったよ、頑張らないでくれて」 「はぁ」  褒められてるのか判断しかねる。気の抜けた声を出してしまった。白い息が風に消えていく。
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