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「セツさ、おれといると、兄貴を思い出しちゃうだろ」
アキラは海のほうを凝視しながら言った。
どきっとする。
「おれ、ずーっとセツに失恋してた」
長い道をたどって、バスがゆっくりやってきた。
アキラがボストンバッグを肩に担いで、私にスマホを向け、シャッターを切った。
「今の顔、撮った」
「えっ、私、どんな顔だった?」
不意打ちとは卑怯な。
「あとで送ってあげるよ」
バスがぶるん、と空気を震わせて停車した。
「おれたち、二人ともずっと失恋してたんだ。五年間だよ」
「……うん。ごめん、アキラ」
「彼女できたら、紹介する」
「そうね。楽しみにしてる」
手を振って、アキラはバスに乗り込んだ。雪交じりの風の中をゆっくり遠くなっていく車体を、私はずっと見送っていた。
サトシみたいになりたかった。でも、サトシも無理してたのかも、といまでは思う。
あのとき、いまの私より年下で、一人で頑張っていたサトシ。私は支え合っていくつもりだったけど、サトシにとってはきっと頼りなく、重荷に感じられたのかもしれない。
アキラと私を抱えて、やっていこうとしたとき、ふと違う道に進みたくなることも、想像できなくはなかった。気持ちが切れたり、爆発して落ちてしまうような瞬間があって、逃げ出してしまいたくなることも。
私はサトシの空気抜きにもなれなかったんだろう。
許さないけど、こっちも悪かった。
ずっとそう思っている。
アキラからさっきの写真が送られてきた。
「ああ、へんな顔してる、やっぱり」
つぶやきが白く咲いて、敢えなく風にさらわれる。
スマホの画面には、雪の中で深い赤のコートを着た私が、驚いて泣き出す前の子供みたいな顔をしていた。
添えられた言葉は短い。
「またね」
読み上げて、同じ言葉を返信して、私は歩き出す。
頑張れ、アキラ。頑張れ、私。
私たちが毎日失恋し続けた日々はこれで終わり。
いつか新しい血が心に通って、この五年間を明るく笑えるときがくる。
だけど。
鼻の奥がぎゅっと痛んで、寒々しい海鳥の声と、冷たい潮風が耳を打つ。誰も見ていないから、私は泣きながら家まで歩いた。
いまはまだ、マイナス五度。
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