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「あー、イワシの頭も信心とかいうアレか」
「身も蓋もないけど、まぁそういうことね」
狐は昔を懐かしむ目になって、遠くの空を見つめる。
「昔はそんな勘違いで大勢の仲間が神様に祭り上げられて、こんな小さな祠があっちこっちにポコポコ建てられたもんだけど……それも近頃じゃめっきり減っちゃったわねぇ」
百年ほど前までは近所の狐達との交流があったが、今ではその彼等もどうしているのやら。
「こうして祠が残ってるのも、あたしのところだけかもしれないねぇ」
「レッドデータ・カミサマってやつだな」
絶滅危惧種。
「オレもあちこちの土地を流れて来たけどよ、本家本元の大層ご立派な稲荷神社はあっても、こんなチンケな祠に狐が一匹なんてのはここが初めてだったし」
猫又はこれまで日本各地を気ままに旅して回っていたらしい。
この祠にもたまたま雨宿りに寄っただけで、天気が回復すればまた旅に出るつもりだったのだが……気が付けば居着いて三ヶ月。
「しかし絶滅も危惧どころの話じゃなくて、リアルに目の前に迫ってんじゃねぇのか?」
言いつつ、猫又は祠の前に置かれた空っぽの皿を見る。
普段なら、そこにはなにがしかのお供え物が置かれているはずなのだ。
しかし今日は、いや、もう数日前から、そこは空っぽのままだった。
「バァさん、死んじまったんかな」
「ちょっと、縁起でもないことお言いでないよ!」
ぽつりと呟いた猫又の頭を、もふもふの尻尾がばふんとはたく。
「……とは言っても……そうねぇ、あの子もだいぶ腰が曲がっちゃったし、最近はここまで来るのも辛そうだったし……」
この祠に供え物をしてくれるのは、今ではその老婦人ひとりきり。
人々の信仰を失った時、神はその存在を失うという。
「あの子の稲荷寿司、美味しかったわねぇ」
「ねこまんまも、なかなかイケてたぜ? 今時ご飯にカツオブシなんて栄養価の偏りまくったメシ、本物のネコは食ったことねぇかもしんねーけどな」
祠の前にちんまりと座って、天を仰いだ狐と猫又は同時に深い息を吐く。
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