はじまり

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「でも不思議よね、人間にはあんたの姿なんて見えないはずなのに」 「あのバァさん、オレがここに来た次の日にゃ、ねこまんま持って来てたっけな……見える系だったのかね?」 「さあ、どうかしら……よちよち歩きの頃から見てたけど、気が付かなかったわ」  今では一周まわってよちよち歩きに戻ってしまった彼女の家では、この祠に供物を供えるのは子供の役目だった。  彼女の代まで、それはずっと引き継がれてきたのだが……彼女が婿を迎え、子供が生まれても、その役割が引き継がれることはなかった。 「……時代の流れってもんなのかねぇ」  寂しげに呟いた狐を、やけに真剣な色を帯びて猫又の瞳が見つめる。 「お前、消えるのか」 「……そうさねぇ……」  狐は遠くを見ていた目を猫又に向け、儚い笑みを浮かべた。 「そうなったらあんた、もう居候じゃなくなるよ」 「どういう意味だよ」 「鈍いわねぇ、この祠あんたにあげるって言ってるのよ」 「いらねーよ、こんなボロ屋」  猫又はふいっと横を向く。  その視線を戻した時、そこにはもうーー 「……おい、狐?」  横を向いた猫又は、捻れた首を元に戻す頃合いを伺っていた。  売り言葉に買い言葉が返るのを待つ。  だが、売った言葉はそこに置かれたまま、いつまで待っても買い手が付かなかった。  ノリの悪い奴だと思いつつ、猫又は首を回す。  しかし、そこに狐の姿はなかった。 「おい、うそだろ……ほんとに消えちまったのか?」  猫又は狐を呼ぼうとして気が付いた。  名前を知らない。  もう三ヶ月もこの祠に居候しているのに。  ここには狐と猫又しかいない、互いを呼ぶには「おい」で足りる。  それだけ馴染んでいたことの証でもあるだろう。  しかし、それにしたってーー 「消えるなら名前くらい教えてけバカヤロウ!」  自分も教えていないことを棚に上げ、腹立ち紛れに叫ぶ。  その耳に「どうして?」と聞こえた気がした。 「どう……って、名前がわかんなきゃ墓も建てらんねーだろが!」  ウソだけど。  それだけじゃないけど。 「やだ、それだけ?」  また聞こえた。  今度は気のせいではない。  すぐ後ろだ。
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