スロウ・ミュージックの、そのあとで。

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目を丸くしている間に「よろしくお願いします」と勝手に話をまとめて由樹は通話を切ってしまい、それから自分のスマホでどこかに電話をかけた。 「あ、平野(ひらの)さん? 僕、快人くんのおじさんで東といいます。今『はやぶさ』?」 誰だ、平野さんとは。 そして何故『はやぶさ』? まったく話が見えない私にはお構いなく、由樹は「ああ、やっぱりね。これから快人くんのお父さんと駅に迎えに行くから待ってて」と電話を終えた。 「行くよ」 「ちょっと待ってくれよ。どういうことだい? 快人を迎えに行くんじゃなかったのか?」 壁に掛けていたジャンパーに腕を通しながら訊くと、「そうだけど」とこともなげに言う。 「いや、今平野さんとやらに迎えに行くって……」 「同じことだよ」 禅問答だろうか。 促されるまま彼について家を出たが、行き先はどこなのかと尋ねると「大宮」という。 「え、だって大宮は嘘だったんだろう?」 「100%嘘でもない。快人くん、『レイヴ』のファンだし」 「レイヴ?」 「バンド。前に一緒に木村家に行ったとき、ポスターと雑誌とCDがあった」 「……気づかなかった」 「そう」 由樹は、岩陰のミドリガメでも見るような目をした。 あるいは、私の思い込みかもしれないが。 彼は、長いことそうであったように――いまだに自分の記憶力を特異なものだと思っていないようで、そのためしばしば「なんでそんなことがわからないんだ?」という態度をとる。 凡人にすぎない私としては、自分の方が飛び抜けているという自覚を持ってもらいたいと思う。
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