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「君のおかげだよ」
すると彼は、口元を緩めつつもぶっきらぼうに横を向く。
「俺は、別に……大したことしてない」
由樹らしいなと苦笑する。
わざわざ私を連れて快人を迎えに行ったのは、彼の配慮だと思う。
わかりにくいが、彼は優しい。
そんな由樹と出会って、私は、知らなかったことをたくさん知った。
自分のことも、沙代子や快人のことも。
飛び降りようとしたあのときより、少しはマシな人間になれているだろうか?
そうだとしたら、明らかに由樹のおかげだ。
彼にとって私は、そういう存在になれているだろうか?
そうでありたい、と思う。
自分の中にある欲が、すとん、と腑に落ちた。
「――あのさ、由樹。お礼というか、その……前に言ったことなんだけど」
四十路にもなって、どう言葉にすればいいか迷っている自分が不甲斐ない。
「前に言ったことって、どれ?」
「夜中に、話したこと。……私が、嫌なんじゃないかって」
「ああ……」
由樹は、じっと私を見ている。
誤解の余地のないよう、慎重に言葉を選びながら、私は人生で一番緊張していた。
「い、嫌じゃないから。その、由樹がしたいなら――じゃなくてだね、私も」
最後まで言わせず、由樹は私をきつく抱きしめた。
耳に、首筋に、口づける。
「も、物好きだな君は……」
「お互い様」
不敵な微笑は、私にとってとても魅力的だった。
私と由樹の名前のない生活は、この夜から晴れて同棲となった。
【了】
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