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この関係が「恋人」とは呼べないと私が思った理由の1つは、体の関係がないことだった。
正確には、出会った最初の行為以外には、ということだが。
あれは由樹によれば「最悪なことがしたかった」という自暴自棄の発露でしかなく、合意の上でもなく、一種の偶発的な悲劇のようなものであったと思うし、私はといえば、自分から彼に触れることにも彼から触れられることにも生硬な戸惑いがあった。
嫌なわけではないが、能動的にもなれない。
彼がときどき私とくっついて寝たがるのも、彼がそうしたいのなら、という心理で、だから彼があれ以来「本番」(という言い方はいかにもオッサンくさいが)をしようとしないことにはほっとしているのだが、こんなふうに自分を慰めている彼の姿を間近に見せられると、どうにも居心地が悪くもやもやする。
私は、緊張しながらも思いきって呼びかけた。
「――由樹」
うわずったその声に応えはなく、がっかり半分安堵半分の気持ちになっていると、数秒の間が空いてから「なに?」と寝ぼけた声で返事があった。
「あ、その……」
昔、妻にこの種の話題を振るときはどうだったろう、などと考えたが、頭の中に靄がかかったように思い出せない。
こんなふうに、一つ一つの感情や行為について自分を問い糾すようなことはしてこなかった。
「そういうもの」だと思い、「そういうもの」として振る舞っていたにすぎない。
由樹と暮らすようになって、私は、いかに多くのことを知らなかったかを知った。
「――気分、悪かった?」
私の沈黙を怒っている、と解釈したのか、由樹はすまなさそうに言った。
「ごめん、もう布団ではしない」
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