スロウ・ミュージックの、そのあとで。

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「い、いや、そうじゃないよ。そうじゃなくて――」 暗くて、顔が見えないのが幸いだった。 面と向かっていたら、羞恥心はこんなものではすまなかったろう。 「……したいのかなって、思って」 「え?」 「あっ」 言い出しておいて、私は赤面した。由樹には見えていないだろうが。 「その、ちゃんとした? 行為、というか、そのぉ……つまり、性――」 「エッチはしたい」 あっさりと言われて、顔から火が吹き出るかと思った。 「そ、そうなのかい?!」 「そうだよ」 さらりと16も年下の男は言い、そして「でも、弘充さん嫌だろ?」と沈んだ声音になった。 「嫌って――」 「俺、前に無理矢理やったし。嫌な想いしかないだろ」 「……それは」 「いいよ。無理しなくて。最近、弘充さんに似たゲイのAV男優見つけて、その人の動画オカズにして抜いてるから気にすんなよ」 「いやいや! 気になるよそれ!」 結構本気で言ったのだが、由樹は軽口だと思ったようで、鼻先で笑うと「じゃ、オヤスミ」と告げて背を向けてしまった。 暗がりの中に取り残された私は再び寝入るよりほかなく、しかし、胸の中にしこりのように不快さが閊えていた。 その正体は今ひとつよくわからなかったが、少なくとも由樹に対してではなかった。
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