スロウ・ミュージックの、そのあとで。

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その日は日曜日で、夕飯のあと、2人でのんびりテレビを見ていた。 百貨店の売り上げがまた下がったとか、東北・北海道方面の新幹線が電気系統のトラブルで停まったとか、来週から気温は平年より暑くなるとか、今日のスポーツの結果とか、そんなニュースを見ていたとき、私の電話が鳴った。 画面に出た名前は、意外と言えば意外な人物だった。 「はい、もしもし」 おそるおそる、私は電話に出た。 『――こんばんは。沙代子です』 「あぁ、久しぶり」 思わず由樹の方を見る。由樹は、テレビの音量をリモコンで下げた。 「元気だった?」 『はい。ところで』 沙代子は挨拶もそこそこに、『快人(かいと)はそっちに行ってない?』と訊いた。 焦っているようだった。 「いや、来てないけど。どうして?」 『友達と出かけると言って、まだ帰ってないの。携帯は電源が入っていなくて、連絡がつかないのよ。もしかして、あなたのところかもしれないと思って』 時計を見ると、11時を回っている。男とはいえ、中学生の帰宅時間としてはやはり遅い。「友達の家じゃないのかい?」 『心当たりはみんな連絡したけど、来てないって。そもそも、今日快人と約束をしていた子はいなかったのよ』 「えっ、ということは、1人でどこかへ行ったのか」 快人が私のところに来る可能性はかなり低いのだが、よほどほかに当てがなかったのだろう。 『警察に行った方がいいかしら』 「いや、気が早いよ。とりあえず私の方でも思い当たるところを探してみる」 すると沙代子は、『思い当たるところなんかあるの?』と疑問視した。 私は、ぐっと詰まった。 彼女の言うとおりだった。 私は、快人のことを知らない。知らなかった。 家庭のことは、母親の担当だと思っていた。 離婚するときも、快人がもしかしたら自分についてくるのではと、根拠もなく思っていた。何も見えていなかったのだ。 黙り込んだ私の手から、すっとスマホを取り上げたのは由樹だった。 「木村(きむら)さん、息子さん、どこへ行くって言ってました?」 「おい」 抗議しようとする私を片手で制する。 「大宮ソニックシティでコンサート。でも今日はその会場では催し物はないと。はあ、わかりました。じゃ、俺と櫻田(さくらだ)さんでこれから迎えに行きますんで」 「えっ?」
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