死体との同居

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 目を閉じたままなので、私は家主の行動を音でしか察せないが、この家の主の私生活は淡々としていてつまらないものだった。帰って来たと思ったら、私に一言声をかけて、それからは黙々と食事を食べて、風呂に入って寝て、起きたらまた外出をする。これを毎日繰り返している。  家主がこの家の中で笑ったり泣いたり怒ったりすることは一度もなかった。  そのうち私はこう思うようになった、あれは死体だ。動いて喋って食べることは出来るが、人間らしいことのできないゾンビだ。  私はお金も家もなかったが、食事と苦しみを分け合える仲間は居た。それなりに楽しく暮らしていた。しかし、この人は違う。人間らしいところを知っている人はこの部屋の中で私を含め、誰もいない。  自分の家であるのに、この家では誰にも構ってもらえない死体なのだ。  それならば怖くはない。遭遇さえしなければただの動く置物だ。  死体との同居は楽だった。なんせ寝付くのが早い上に、朝は早くに仕事へ行く。その間、私は我が家のようにに部屋を使うことができた。暇つぶしにテレビを見ることもできたし、本を読むこともできた。自分の名前はなんとか書ける程度しか学の無い私は、綺麗な絵から話の内容を推測するしかないので楽しめるかと言ったら微妙だが時間潰しくらいにはなる。本当は夜もテレビが見たかったが、流石に音は出せなかったし起きてきたことを考えるとヘッドフォンなどつけられないので諦めた。  そして、なんと私は風呂に入れる。大多数の国民がろくに風呂も入れず身を寄せ合って眠っているのに、ここではシャワーを制限なく使えることができる。使用時間制限の無いシャワーなんて私は初めて見た。  ああ、ここが極楽か!家主が帰ってくると身動きが取れないのは不自由だがそれを除けば雨風しのげて食事もあるこの家は最高だ。もう何日この家に寝泊まりしているかわからないくらい快適に過ごしている。  時計を見るとそろそろ家主が帰ってくる頃だ。私は遺体保存装置に横たわった。
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