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お風呂。時に家族での団らんを、時に一人の時間を堪能する場所。
「ふう……これで全部かな」
私はダンボールに自分の荷物を押し込むと、部屋をぐるりと見渡した。
「りせー! もうすぐトラック来ちゃうわよー!」
「わ、待って今運ぶー!」
一階から叫ぶ母の声を聞き、私は慌ててダンボール箱を持ち上げる。
「……この家とも当分お別れか」
大学に進学するにあたって上京することになった私は、見知らぬ街への不安もあり少々センチメンタルになっていた。
二階の階段を下りようとしたとき、ふと隣のお風呂場に目がいった。
「……そういえば、昔お風呂に入ってる時間が一番好きだったなあ……」
私はダンボール箱を床に置くと、ゆっくりと石鹸の香りがするドアを開けた。
1、2、3、4、5……大丈夫、あと少し、あと少……
「……っぷはあ!」
息苦しさに耐えられなくなり、私はぬくい水から顔を上げた。
「何回やっても出来ないよ……」
涙で濡れた私の顔を、母は優しくタオルで吹いた。
「でも、昨日は5秒だったよ? 今日は8秒も潜れてたじゃない」
「進級テストは明後日なんだよ? 2年生にもなって水に10秒顔つけられないの、りせだけなんだよ……このままじゃ、クラスの男の子に馬鹿にされる……」
母の声も気休めにしか聞こえず、私はすっかり落ち込んでいた。
そもそも、なんで小学校で潜る練習なんてするんだろう。こーゆー『のうりょくさべつ』って、良くないんでしょ?
「ほら、もう出なさい」
母に促され、重い心を引きずりながら私は無造作に身体を拭いた。
「きーてきーて! お母さーん!」
次の日、学校から帰るやいなや私はドタドタと大きな足音を立てながらキッチンにいる母の元へ
向かった。
「今日ね、テストでちゃんと10秒潜れたの!」
「あら、すごいじゃない! おめでとう」
嬉々として報告する私に、母は優しく微笑んだ。
「でも、今まで一回も出来なかったのに今日は10秒経っても楽だったの……なんでだろう」
私が首を傾げていると、母は私の頭をくしゃくしゃと撫でながら言った。
「きっと、毎日頑張っているりせのこと、お風呂の神様が見ていたのね」
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