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「お風呂の神様?」
聞き慣れない名前に、私はまた首を傾げる。
「ええ、そうよ。神様は何にでも宿るの。きっといつもお風呂で練習しているりせのことを見ても頑張れーって力を分けてくれたんじゃないかな」
「そっかぁ……じゃあ、お風呂の神様にありがとうする!」
「だったら、今日のお風呂掃除はりせに任せても良いかな?」
「任せて!」
そう言って、私達は見つめ合いながら笑った。
--数年後。高校生になった私は急な豪雨にみまわれ、全身びっしょり濡れて家に帰った。
「ちょっと! あんた折りたたみ傘持ち歩いてるんじゃなかったの?!」
「……今日は忘れた。お風呂入ってくる」
母の心配とも怒りとも取れる声を軽く聞き流しながら、私は着替えを持って脱衣場へ向かう。その途中、母
は「何かあったの?」と私に尋ねてきた。やはり母の目は誤魔化せないのか……と思いつつ、私は素っ気なく「大丈夫。何でもない」とだけ返し、逃げるように脱衣所へと駆け込んだ。いつも通りの、少しぬるめのお湯に素早く身を投げ出すと、私の目から大粒の雫が零れて波紋を作った。
大好きな先輩に振られた。ずっと前から片思いしていて、やっとの思いで告白したのに、終わりはとてもあっさりしていた。
しかも実は彼女が居て、それが私ともう一人の方のマネージャーだったなんて。私の方がたくさん喋っていると思ってたけど、それは私が妹くらいにしか見られていなかったからなんだ。
そんなことを悶々と考えていたら、わざと雨に打たれて冷やした頭が再びカァーっとして、目頭が熱くなった。
「ふぇぇ……」
気がつくと私は、小さな子供のように泣きじゃくっていた。思ったよりも大きな声が出ていたので、シャワーのレバーを捻る。嗚咽の声を水音に隠す。
お風呂からあがると、母は私に「今日の夕飯、ロールキャベツだよ」と言った。ロールキャベツは私の大好物。やっぱり、母には全てお見通しのようだ。
私は母の背中に向かってそっと「ありがとう」と呟いた。
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