夏の始まりの幻想

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 俺の目の前に、小さな白い手が差し出される。とても3年間、対外試合で強豪選手を竹刀一本で打ち負かしてきた手には見えない。 「もうちょっと貸しといてくれよ」  そう言いながら、俺は前の晩までのことを思い出していた。  終業式の半日が終わるや、梢は一足先に俺の家の玄関先で待ち伏せていた。  庭先で洗濯物を干すオフクロに余所行きの声で了解を取るや、自分の家に連行。  その日から「海の日」にかけて、日が暮れるまで俺を監視下に置いて座卓に縛り付け、次の朝一番に携帯電話で呼びつけるというサイクルを繰り返した。  サボリにサボってきた英語の力がたった3日間でどうこうなるわけがないのに、俺は小学校を出て以来、足を踏み入れることのなかった梢の家に通いつめなければならなかったのである。  因みに大槻家の両親も了解の上である。夕方には弟の幹也が帰ってきているが、こいつはどうでもいい。  強制補習の場となった家の居間で、俺は梢と差し向かいで苦手な英語と格闘しつづけたのである。小学生の頃は何の抵抗もなく遊びに通った家であるが、高校生ともなると実にやりにくかった。  なにぶん、相手は女の子である。  いかに幼児体形で胸がないとはいえ(いや、それだけに)、ノースリーブのシャツ一枚にハーフパンツ姿で、すぐ傍らにアグラをかかれては、目のやり場に困る。     
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