夏の始まりの幻想

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 結局、追試に合格できるレベルには到底追いつかなかった。弟が寝てしまい、時計が11時を回った頃、家族からも携帯に電話が入った。俺はとりあえず梢の授業ノートを借りて、徹夜してでも勉強するという約束の下に、梢から帰宅を許されたのだった。  その帰りのことである。  梢の家は、渓流の傍にある。そして、この渓流をはるかに遡っていったところに、俺の家がある。  3日間絞られて参っていたせいだろうか、俺は普通の道を通らず、川沿いに帰ることを思いついたのだった。  月は空のてっぺんにかかっていた。その月に照らされた渓谷が、俺の目には幻のように映った。  月明かりに輝く川面に引き寄せられるようにして、俺は川沿いに生い茂る木々に歩み寄っていった。その幹に掴まるようにして、俺は足元を気にしながら歩いた。  どれほど歩いたろうか。  川向こうの「上の淵」と呼ばれる辺りの岩の上に、青白い人影が見えた。その影は、一糸まとわぬ身体に流れるような黒髪をまとわりつかせ……。 「人の話聞きながら寝るなコラ」  俺の脳天に激痛が走った。梢が肘打ちを入れたのである。 「何だよいきなり」  痛いところを手で押さえて見上げると、背が低いくせに腕組みなんかして見下ろす梢の、冷ややかな眼差しがあった。 「今日もアタシんち来いよ」  命令口調で俺の目の前に突きつけられたのは、下手くそなアルファベットを書き連ねたさっきの答案だった。  B4の紙のほとんどは空白。     
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