夏の始まりの幻想

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 無数の斜線が引かれて、丸は10個あるかないかである。  点数は40点。これが今日の赤点ラインだった。 「何でオマエがそれを?」  俺は答案を梢の手から慌ててひったくり、教科書と梢のノートが入ったカバンの中にしまった。 「さっき先生がアタシに渡してった」  そういうなり溜息ひとつついて、梢は俺に背中を向けて教室を出て行こうとしたが、何か思いついたようにぴたりと立ち止まった。  教室の出入り口の前で振り向き、規定どおり膝下までの長さが守られているスカートの腰に、偉そうに手を当てる。 「逃げるなよ」   流石に俺もムカっときて言い返した。 「1教科得意なくらいでえらそーに」 「1教科?」  梢は薄い胸をそらし、冷ややかな眼差しでいやみったらしく尋ねた。 「何か一つでもアタシに勝てましたっけ?」  何一つとしてない。  だが、答えられないのも悔しいので、俺はちょっと考えて、ラテン語、と答えた。さっきの追試にあった言葉である。  それを聞いて、梢は高らかに笑った。 「ラテン語って何か知ってる?」  ほとんど人のいない校舎では何の役にも立たない授業開始のチャイムが、空しく響き渡った。
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