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 「それにしても古い店だな」  男が呟いた。  「そうですね。かれこれ六十年近くになる建物ですので」  神野理容店は桐也の先先代である神野和也が開いた。もともとは近所の常連や通りすがりの客も拾える優良な立地条件の場所にあったそうだ。しかし当時は冷やかし客もいたそうで、そこそこ切らせておいて気に入らないからお題を払わないと言う者もいたとのこと。  老朽化を理由に、理容店を洋風なデザインで建て替えようとした際、近隣から反対に合った。理容店の両隣は老舗の商売屋さんだったので、デザインを聞いて景観を損ねるのでやめてくれという話になったという。  そこで和也は悩んだ末に、この小高い丘に建てることにした。木造で三角屋根。当時は鮮やかな水色をしていたとのことだ。丘の上に建てたことで、ぶらりと立ち入る冷やかし客はいなくなった。ロケーションが良いので、ここを気に入ってくれて長いお付き合いになったお客も増えたらしい。  桐也の父である染也が理容師の免許を取ると和也と染也の二人で店を支えていた。和也が引退した後は染也が一人で切り盛りをしていた。
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