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卒業式に蜷音の校長が来る。そう聞かされたのは、朝一番に呼び出された職員室だった。教頭は広いデスクに肘をついて、含み笑いを隠そうともしない。
「そうなんですか」とあっさり答えた僕に、彼はあからさまな落胆を見せた。
「まあ、その、なんだ。我が校のために一生懸命弾いてくれたまえよ」
「ピアノを弾く時はいつも真剣ですよ」
「わかっているさ。でもね、名門・蜷音の校長に贔屓されている生徒がいるとなれば、我が校も鼻が高いからね。卒業式は講堂の二階も解放して、教育関係者や一般の保護者も招き入れようじゃないか」
「……はあ」
気の無い返事を返すと、教頭が不自然なほど口の端を吊り上げた。それが笑顔だと僕が気づくまでたっぷりの時間をかけて、僕に小さな本を渡した。
渡されたのはまっさらな本。ではなくて、楽譜だった。
「蜷音の校長のお気に入りの曲らしい。彼の著書に書いてあったんだ」
「ドビュッシー……ベルガマスク組曲の第4曲 ……パスピエ?」
「ぜひ、君に弾いてほしい」
僕は黙り込んだ。
「きみの蜷高での待遇が懸かっているんだよ?」
色々な感情が押しとどめられた表情で告げられて、僕は仕方なく俯いた。
教頭は満足げに頷く。まるで、自分だけの宝物を見つけた子どものような顔をして。
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