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気まずい沈黙が流れた。先に口を開いたのは音羽だった。
「トモくんは、遠くに行ってなんていなかったね」
音羽が俯く。
「離れていったのはきっとわたしだよ。わたし本当は、怖くてさみしかったんだ。私にとっては、トモくんは……」
音羽の表情から、何を言おうとしているのかはだいたい見当がついた。思わずドキリと心臓が高鳴る。音羽が悩んで傷つく様子を、見ていたくなかった。
僕が好きなものは、音羽の笑顔だから。
音羽の詰まった言葉に被せるように、僕は言った。
「ありがとう」
「えっ」と目を見開いて、音羽が顔を上げた。
もう一度息を吸い込んで、今度はしっかりと口にする。
「ほんとに、ありがとう」
中学校生活で僕がこんなにも穏やかに、心から笑ったことなんて、無かった。それほどまでに僕は満たされていたんだ。音羽を思って作った曲を、誰かのために願った思いを、この手で形にするだけで。
僕の顔をしばらく見つめて、音羽が小さく頷いた。
音羽を呼ぶ声が、より一層大きくなる。
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