『クラマト』

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密室の間接照明に重めのグラスを傾けバーボンに溶け始める氷を見つめた。 隣の個室に若い男女が入ったのか、静かな店の雰囲気を一瞬で壊す。 紫煙をくゆらせ短い溜息ひとつ。 テーブルを指でトントンと鳴らす拓斗(タクト)。 「もしアレなら店変える?」 俺はふっと鼻で笑い首を振った。 「まー焦らなくても、まだ時間あるし。」 拓斗が生ビールを飲み干す。 「ああ。」 灰皿に煙草を押し付けると隣の個室の会話が聞こえてきた。 『なんか…緊張するな!』 若い男の声だ。実際緊張が伝わる声だと感じた。 『そう?なんで?』 若い女の声は明るくハキハキとした話し方だ。 拓斗は店員を呼び新たに生ビールを頼んだ。 「ケイは?」 「俺はまだ…」 グラスを揺らすと拓斗が頷く。 「あ、あとナッツある?」 「あります。盛合せでお持ちします。」 白いシャツに黒いサロンを巻いた店員が出て行く。 『そろそろハッキリさせたいんだけど。』 『何を?』 隣の会話に耳を欹てる俺に気づくと拓斗がニヤリと笑う。 俺は興味なんてないとグラスのバーボンを飲み干した。 カラリとグラスの中で氷が鳴いた。 『ちゃんと付き合いたいって俺は思ってる。』 『付き合うって…私と浅野君が?』 ダメだなこれは、と察して吹き出しそうになる。 ガラリと開いたドアから差し出されたビールグラスとナッツの皿がテーブルに置かれた。 「あ、これ、同じの下さい。」 空のグラスを差し出す。 「お持ちします。」 拓斗がピスタチオに手を伸ばす。 パキっと皮を割る音が個室に響く。 『なんだよ…それ。』 『なんで?今のままじゃダメ?』 腕を組み目を閉じ隣の二人を想像してみる。 『俺は真剣にお前と付き合いたいって思ってんの。』 数秒の沈黙。 彼女の答えは聞かなくてもわかるせいか口元が緩む。 『ごめんなさい…』 「お待たせ致しました。」 待ち焦がれたバーボンのグラスに手を伸ばす。 笑いを堪えられない拓斗が両手を広げて舌を出した。 「やめろよ。」 言いながら俺も笑う。 『…誰か好きな人がいるってこと?』 『うん、いるよ。』 『はぁ…ハッキリ言うなぁ。』 男の落胆が伝わってくる。 なぜ気づかなかったんだ?本当に彼女が好きなら気づく筈だろう? まあ、その程度だったって事だな。 勝手に理解して頷く。
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