『クラマト』

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目の前のノートに飛んできたピスタチオの殻を灰皿に移すと拓斗がごめんとアクションした。 「どう?なんか浮かびそう?」 「全然。」 うんうん頷く拓斗。 「ま、じっくり行きますか。」 「おう。」 俺はバーボンを煽る。 『その好きな奴…教えてよ。』 『前から言ってるじゃん。』 『え…』 なんだよ、諦めの悪い男だな… 拓斗が俺の煙草に手を伸ばす。 「禁煙中だろ?やめとけよ。」 「う…」 出した手を引っ込める拓斗。 『まさかあのバンドの奴かよ!』 『うん、そうだよ。』 『はっ?馬鹿じゃねーの?バンドマンかよ!そんな奴に俺は負けたわけ?』 拓斗と俺は顔を歪めた。 バーボンを口に含み嫌なセリフを流し込む。 『会った事も話した事もない相手、今後会えるかもわかんねえ奴に本気で恋してんの?そんなガキかよ!』 『別にいいじゃん。』 『良くねえよ!現実を見ろよ!一生会えるかもわかんねえ奴に恋して時間を無駄にすんのかよ!』 『いいの!私が好きなんだから、浅野君に迷惑かけてないじゃん。』 『バンドの野郎なんてろくでもねえ奴ばっかだぞ!』 男が吐く数々の言葉に拓斗がついに立ち上がった。 俺は拓斗の腕を掴み座れと促す。 「なんなんだよ、この野郎は…喧嘩売ってんのか?」 「まあ、現実なんてこんなもんだろ。」 実際バンドマンがその程度に見られているのは知ってる。 だからって俺達がそうだとは限らない。だから気にする必要なんて無い。 俺は無い脳みそから言葉を絞り出そうとペンを握ってノートを睨む。 だがどれだけノートを睨んだところで心ここに在らずで一言も出てこない。 ペンを放り投げてグラスのバーボンを口一杯に含む。 『好きなのってGustaveのケイだよな?』 「ぶっ!ゲホッ、ゲホゲホ…」 吐き出したバーボンがノートを茶色く汚した。 拓斗が飲んでいたグラスを音を立ててテーブルに置くと瞳を大きく見開き満面の笑みで壁に張り付いた。 『現実を見てくれよ。手が届く相手じゃねえだろ。』 『手が届くとか届かないとかじゃないもん。ただ…ケイが好きなの。凄く…深く、強く、好きなの。』 顔から火が出るんじゃないかと思うくらい身体中熱くなった。こんな告白は初めてで鳥肌が立つ。 拓斗のニヤつきは止まらない。 『俺帰るわ!やってらんねえよ。』 『うん…私はこれ、飲んでから帰るね。』 『知るかよ、ブスっ!!』 捨て台詞と共に隣の個室のドアが開く音と閉まる音。
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