『クラマト』

7/23
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
玄関のドアを開けると鼻歌が聞こえてきた。 「牛乳…」 「きゃっ!敬!」 驚いた母がビクリと肩を震わせた。 「先ずはただいまでしょー!もー!びっくりさせないでよ!」 「はいはい。」 「早かったね。ちゃんと食べた?」 「軽く…」 ガキみたいに唇を尖らせる母。 「飲む時はちゃんと食べなきゃダメって言ってるじゃん。」 「ん…」 ソファにドサッと座るとキッチンの母を見上げる。 「さっきジョーさんに会った。」 「え?ホント?元気だった?」 「うん、相変わらず。」 「そっかぁ…」 母の視線が棚の写真立てで止まる。 そっと胸に手を添え微笑む。 父が死に、俺が産まれてからも母はずっと一人だ。 年齢の割には小綺麗で若く見える母は時折少女の様な笑顔で父の話をする。 でも俺はその話が嫌いだ。 母を残し勝手に刺されて死んだ馬鹿野郎の父。 それから母が一人でどんな思いで俺を育ててきたのか、馬鹿野郎の父にはわからないだろう。 運命…だからこの言葉は嫌いだ。 母は父と出会わなければもっと幸せになれた筈だ。 若くして俺を産んで沢山苦労しただろうに母は常に笑顔を向けてくる。 「母さん、何か作ってる?」 「うん、オムライス!」 「食べれないって…」 「えええぇぇぇーーー!やだやだ!食べれるって!」 「無理だから。」 俺が立ち上がると頬を膨らませる母に笑う。 「もう敬のバーカ!」 「はいはい。」 俺はマザコンかもしれない。母を怒らせるのが好きだ。 俺にだけ見せる母の表情が好きだからやめられない。 外でもそんな顔してるのかと思うとゾッとする。 部屋のドアを閉めると伸びをした。 「あぁ…作詞やんなきゃな…」 スマホから音源を流すとギターを掴む。 「~♪~♪~」 ギターを掻き鳴らし歌ってみる。 また脳裏に浮かぶあの女の瞳が俺をじっと見つめる。 もう頭から追い出すのは無理なんだと諦めてペンを取る。 書き出しは「俺は運命なんて信じない…」だ。 書きながら笑う。 そんな運命あるかよ…あるわけない! あんなのはただの偶然だ。 ギターを掻き鳴らし頭を振りながら歌う。 俺は認めない、運命とかそーゆーの。 ほら、出てくる出てくる、俺の心の声。 いくらでも毒づいてやる。 ふと棚のCDを手に取る。 そう言えば父の作詞は酷かった。 真っ暗でどんよりで、自分を責めては苦しめる。そして微かな光に手を伸ばして絶望する。 そんな生き方だから刺されるんだ…クソ野郎が!
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!