路地裏アリス

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路地裏アリス

 命が温かさなんだということを知ったのは、もうすぐ夏だっていうのに、からりと乾いた風が緑の葉を揺らす、とても気持ちのいい朝のことだった。僕はその日もいつものとおり六時に起きて、母さんの焼くパンの香りに包まれながら洗濯物を干し、本の山にうずもれた父さんを救出した。子犬のフリードリヒがミルクを上手に飲むのをなでながら、砂糖をスプーン三杯入れたコーヒーをすすった。その日に予定されていた生物の実験が話題の食卓を七時半に切り上げ、学校に向かった。  うちの前の石畳は上り坂になっていて、僕以外の男子たちは息を切らしながらかけっこをしている。女の子は、そんな男子の様子をくすくす笑いで見送って、自分たちは昨日のラジオでかかっていた、海の向こうの音楽の話に歓声を上げている。僕もそのラジオは聞いていたし、それだけじゃなくて、女の子たちが話している音楽がジャズって呼ばれていることも知っていたけど、知識をひけらかして面倒な奴だと思われるのが嫌なので、後ろからその様子を眺めるだけにする。  何しろ、僕のひいおじいちゃんは、この町を救った英雄なのだ。英雄の子孫は、そんな細かいことにいちいち口を出したりしない。     
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