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「庭の椿が咲き始めたわよ」
三月の初旬、雪音を留学中のアメリカからの帰国を決意させたのは叔母である弓月からのその一言の報告だった。
雪音は幼少期に母を亡くし、中等部一年で父を亡くした。
父方の祖母の元に引き取られる形で生活を送り、それに不満を抱えていたわけではない。
ただ、いつもどこか寂寥感を感じ父と暮らしていた土地から離れたくなったのだ。
そして、約二年あてどない留学生活を送った。
留まる理由もなかったが、帰る理由も特になかった。
ただ、椿の咲く、正確に言えば椿の散る庭の木をこの目で見たくなった。
ただ、それだけの理由で雪音はアメリカから去ることを決意した。
雪音の母は決して有名ではないが固定の読者を得ていた小説家であり、父は私立大学の文学部の教授であった。
幼少期から文学というものに触れていた。
アメリカから日本へ帰る機内でも母の本を片手にし、そうすることで父のいない日本に降り立つ自分自身を落ち着かせた。
母の書物に触れるのは留学荷物を固めて以来初めてのことだった。
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