第1章

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母の書物は雪音にとって聞けなかった子守唄のように安らぎを与える一方で、恐らく父から影響を受けたであろう文章を読むことは父を思い出せ苦しませた。 ただ、今は雪音に安らぎを与える作用を起こした。 二年の時が経ち、父の死から自立できはじめているのかもしれない。 帰国した雪音は祖母の家に帰る前に父と暮らしていた家に寄ることにした。 庭の椿を一目見たかったのだ。 駅からの家までの道のりをゆっくりと歩いた。 父の馴染みがあり、自らも足しげく通った古書店や、幼い頃誕生日のお祝いに買っていたケーキ屋の前を懐かしい気持ちで通った。 きっと、二年間異国の地で過ごさなければ思い抱かなかった感情だろう。 家の路地につくと一台の車が停車していた。 雪音が祖母の家に帰る前にこの家にたどり着くことを予期する人物、ただ一人しかいない。 雪音は直感した弓月がこの場所に来訪していると。 弓月と会うことの戸惑いを覚えながら門扉を開き、玄関の戸を開く前にまず庭に向かった。 椿の木に目を当てるとそこには一人の女性がたち、椿の花にそっと手を差し伸べていた。 その女性は長い髪をゆるりと巻き、手脚は折れそうに細く、濃紺のワンピースを纏っていた。 その光景に雪音は息を呑んだ。 なんて、美しく、気高く、凛々しいのだろうと。 雪音は数秒立ち尽くし、やがてその女性と目があった。     
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